[夏休みの想い出 朝鮮民主主義人民共和国〜国後島]
『夏休みの思い出』 平和小学校6年1組 山田太郎
僕は、小学校最後の今年の夏休みに海外旅行に行って来ました。 それは朝鮮民主主義人民共和国という、普通の人がなかなか行けない国、
いや、どっちかというと普通の人は、なかなか行きたいと思わない国に行って来ました。
朝鮮民主主義人民共和国の事を『北朝鮮』というのは、 朝鮮民主主義人民共和国の人に失礼なので、
ちゃんと朝鮮民主主義人民共和国の事は朝鮮民主主義人民共和国と言わないと、 朝鮮民主主義、、、スミマセン、今だけ『北朝鮮』と略させて下さい。
そのかわり北朝鮮のみなさんも日本の事を略して、、、ニンと、、、ニン? ニンニン、なんか忍者ハットリくんみたいになるので『日本』でお願いします。
僕は、北朝鮮に行く前にいろんな事を知っておこうと本屋さんにガイドブックを買いに行きました。
やっぱり1番有名なガイドブックは『地球の歩き方』だろう。 そぉ思って探した、探した、探し倒した。北朝鮮見つからず。
『地球の歩き方』にないのは、北朝鮮が地球にないという事なのだろうか? でも、僕がもってる地図にはちゃんと載っているのにオカシイなぁ。
しょうがないので、別のガイドブックで『わがまま一人旅』のシリーズを探した、、、 すぐに探すのをやめた。
だいたい、北朝鮮でわがまま一人旅をした日にゃぁ、確実に帰って来れなくなる。 結局ガイドブックは本屋さんにはなかった。
そんな時、ジャパングレイスという旅行会社が、 北朝鮮のガイドブックを出しているという噂をジャパングレイスの人が流していた。
あくどい商売だ。『最新ガイドブック、朝鮮魅力の旅』というタイトルで売っていた。
魅力の旅、、、ほんまかい!なんかウソっぽい。買うのはヤメテおこうと思ったが、 ガイドブックが他に見当たらないので買う事にした。
ところが、うっすい本なのに1350円もした。 いくらなんでもボッタクリだ。
しかも、最新とうたっておきながら、発行年月日は1996年だ。 20世紀の話だ。 21世紀の北朝鮮を知りたいのに、意味がない。
売ってた人に尋ねると「変わってませんから」と静かに、でも自信を持って言っていた。 その自信の根拠がわからない。
おこずかいをはたいて買ってページをめくった。 すると、朝鮮半島全部の地図が載っていてデッカく『朝鮮民主主義人民共和国』と書かれていた。
これは、明らかに大韓民国もまざってる。 さっきの「変わってませんから」というのは、いつから変わってないんだろうか?
それとも統一の願いが込められてるのだろうか?次のページをめくるのが恐くなった。
勇気をふりしぼってめくってみると、平壌中心部の地図が載っていた。 今年、北朝鮮はアジア大会の参加を表明している。 さすがにスポーツ施設が充実している。
各スポーツ専門の体育館がある。 サッカー場をはじめとする、バレーボール館、バスケット館、水泳館、卓球館、 アルミ缶、スチールか、、、ん、スミマセン。
バトミントン館やら、重量挙げ館まである。 そんな中にひっそりと『疲労回復館』というのがあった、、、疲労回復館?どんな館?
僕達が泊まるヤンガクドホテルというのはどこにあるんだろうか、、、 みつけた!小さな島の最北端にあった。
これは、どぉひいきめに見てもプチ軟禁だ。 まさに逃げも隠れもできない。 もしかしたら夜になると島にある唯一の橋が自動的に離れていくのかも?
そんな風にさえ思ってしまう。
普通ガイドブックはページをめくるたびに旅への思いがつのりワクワクしてくるもんだ。 どうしてだろう?めくるたびにブルーな気持ちになって行く。
それでも、パラパラとめくっていくと、いくつかのワンポイントアドバイスが載っていた。
持ち込み禁止品のワンポイントアドバイス『武器、弾丸、爆発物、麻薬』、、、 こんなもんどこでも禁止だ。
アドバイスがワンポイントでなく、ポイントズレを起こしてる。 このガイドブックは大丈夫なのだろうか?
インターネットでも調べてみた。 とある旅行会社が北朝鮮を旅行するにあたって、わかりやすく質問形式で答えていた。
Q:「帰って来れますか?」いきなりなんという大胆な質問だ!しかも、その答えが
A:「観光目的で行かれた方はご心配いりません」実に意味深な答えだ。もうひとつの質問で
Q:「北朝鮮の観光に持って行くと便利な物はなんですか?」
A:「常備薬、ウェットティッシュ」と、この2つは、なるほどと思いスグにバックに入れた。 ただその後に
A:「懐中電灯、特殊電池、高感度フィルム」 、、、まるでスパイ7つ道具だ。調べれば調べた分謎が増えて行く。
そんなこんなをしてるうちに、出発の日8月15日終戦記念日がやってきた。 いよいよだ。こんなに覚悟を決めた海外旅行も初めてだ。
12時に出航のドラが鳴るのを聞いて、 「甲子園球場では、黙とうのサイレンが鳴ってる中で、 黙とうしたくてもできないテレビカメラマンがいるんだろうなぁ」
と、関係ない事を思ったりした。 そぉいえば家を出る時おとうさんとおかあさんが「拉致されるなよ」と言うならまだしも 「拉致するなよ」言って見送ってくれた。
玄関までだったが、、、。 確かに帰りの船の人数が減ってるのも恐いが、増えてるのはもっと恐い。
神戸を出航して北朝鮮に上陸するまでの2日間の夕食は特別うまかった。 まさに最後の晩餐状態だ。
約2日間で元山(ウォンサン)に着いた。 ここでの写真撮影は禁止だそうだ。さっそく緊張が走った。 その割に荷物検査は思った程厳しくなくて中身もほとんどチェックしない。
しかも、僕の列を担当していた係官の金属探知機は故障してるらしく、 スイッチを入れるだけでピーピーと音が鳴り続けてた。
鳴り続けている探知機の音をなんとか止めようとする係官には、 荷物をチェックする気持ちの余裕はないようで、すべてノーチェック、仕事放棄だ。
厳しい国なのか、いい加減なのかわからなくなってきた。
約10台のバスで平壌に向かった。 道路事情が悪くすごくたて揺れだ。 ちょっとしたパンクロックのライブぐらい首がつらい。
途中4Hもある、しかも真っ暗なトンネルをくぐった。 映画『千と千尋の神隠し』のトンネルを思い出して恐くなった。 平壌はえらくキレイな街だ。
3時間程でホテルに着いたのでスグに買い物をしようと1000円分だけ両替えした。 絵ハガキを出す為の切手を買いに郵便局を探したら3階にあった。
このホテルはスゴイ。
ホテル内になんでもある。 わざわざ外に出る必要がない、、、んッ、まてよ、出さない為にあるのか?
切手は売ってくれるけど、円かドルでしか売ってくれない。 他の売店でも両替えしたてホヤホヤのウォンはイヤがられる。 この国のお金がこの国で最も使えないお金になっている。
ピースボートの団長(ということになっている)吉岡さんは 「北朝鮮という国を自分の目で見て確かめて下さい。そうしたらわかります。」と言っていた。
僕は、自分の目で見て確かめて、そうしたらわからなくなってしまった。 しかも切手は記念切手みたいにデカイのを2枚も渡された。 この2枚を貼るとあいさつを書くスペースがほとんどなくなる。 更に謎が深まって1日目を終えた。僕はこの日1回目の下痢をした。 2日目は平壌市内の観光から始まった。オープニングはチュチェ思想塔でした。 このチュチェ思想塔は、夜になるとてっぺんが本当に炎で燃えてるように見えるスゴイ塔だった。
けれど、本当に火事になった時、ちゃんと気付くんだろうか? 心配にもなった。改革博物館ではズドーンと心が重たかった。 地下鉄に乗れたのにはビックリした。
自由行動は禁止されていたので、街とかを歩いてる人と接する事はないと思っていた。 そぉ言う意味では貴ノ浪バリに懐の深い北朝鮮を見た。
それにしても駅の名前がスゴかった。 僕達が乗ったのは、復興駅から栄光駅までで、つまり、復興は栄光に向かってると言いたいの?
もちろん栄光から復興に逆に乗ってくる人もいますけどね。 終点の駅名は楽園駅だった。 パラダイスだ!これ以上ない最高の終点のネーミングだと思った。
もしも酔っぱらって終点まで乗り過ごして駅員さんに起こされたら、 ホントなら「やってもーたー」と思うところが、なんと楽園駅にいるんですよ。
「ワォー、パラダイス!」って大喜びするんだろうな。 明日も乗り過ごしたい気分になるんだろうなぁ。
もうひとつ、気になっている駅名が建設駅、、、たんに建設中の駅だったりして。 でも、1996年のガイドブックにもあったから、建設中なら長過ぎる。
午後からは、いよいよ板門店に向かった。 途中の休憩所にジュースが売っていたので、 ウォンを使うチャンスだと思ってショッピングにいった。
のぉ〜!ココでもウォン使えず。 いったいこのお金はどこなら使えるのか、少しワクワクさえしてきた。
最近ウォンのレートが変わって、1ウォン60円だったのが、100ウォン80円になったそうだ。 変わり方がまさに激動の北朝鮮を物語っているようだった。
板門店の2H手前から非武装地帯がひろがっていて、
ここでは単発式の銃しか持てない、、、えッ、単発は持ってるの? あれ?非武装じゃないじゃない。
プチ武装になるんじゃない? 北朝鮮の非武装地帯には農家や田んぼしかないのに南にはアメリカの軍事拠点があるらしい。 それはいけないと思う。
いっそ苗っぽく見せて全部テポドンを植えておけば、お互い完全武装地帯だ。 板門店では
北朝鮮の兵士はシャキッと『きをつけ』をしてるのに 南の兵士はダラッと『休め』だ。 僕達を案内してくれた兵隊さんは、ときおり笑顔を見せてくれた。
北朝鮮カットの植木もあった。 どっから見ても何回見てもミステリーサークルにしか見えないカットだ。
板門店の青い小屋の真ん中にあるマイクのコードが軍事境界線だそうだ
そんなチョット足が引っ掛かっただけで一気に領土拡大できる様な境界線で大丈夫なのだろうか?
板門店を後にして、平壌に戻って来た。帰りのバスでいろんな事を考えた。
板門店というところは最前線なのに観光客が入れるところなのか、観光客の入れる最前線なのか? 安全な観光地なの?危険な最前線なの?
大きな重いテーマがズシンとおなかに、、、キタキタキタぁぁぁぁー! この夜2回目の下痢に見舞われた。
3日目はそれぞれオプショナルツアーに行った。 僕は北朝鮮の映画村みたいなところに行って来た。 役者さん達もたくさんいた。こっちにも再現VTRとかあるんだろうか?
映画村の中に日本街があった。
これはチャップリンも可哀想じゃないかなぁ。
チャップリンじゃなくチャプリンだし、なんか近所の礼儀正しいおじいちゃんみたいだ。 それからマンギョンデ学生少年宮殿コンサートを見学して驚いた。
見てない人には伝わらないと思うが、まるでビックリちびっこ大集合みたいなショーだった。 今年、日本公演があるらしいので、もし時間のある人は見に行ってみて下さい。
女の子がずっと回ってます。 大人になったらもっと回らされるんじゃないかと心配になるぐらい子供なのに回っています。
ブーメランの少年は、お前がスゴイんじゃなくて戻ってくるブーメランがす ごいんだぞってことをわかってやってるのかなぁ?
最後の夜に行われた『ピースフェスティバル』では、 北朝鮮の人たちとの大フォークダンスで締めくくられた。
ただ、北朝鮮のフォークダンスは最後まで最初に踊った相手と変わらないので 最初に妥協すると取り返しがつかないという事を思い知って終わった。
ホテルに戻ってしばらくすると、高校3年生の時の盲腸以来の腹痛が僕を襲った。 朝まで続いた激痛は注射2本でなんとかまぎれたが、 お医者さんが打ってくれた注射の中身は麻薬よりキツイそうで、 もし先生がガイドブックのワンポイントアドバイスを読んでいたら 注射は持ち込まなかったのかなぁ?とゾッとした。
あの注射を打たずにバスでたて揺れされたら、 僕は確実に『うんこマン』というあだ名になってしまうぐらいギリギリの締まり具合だった。
ウォンサンに着く少し前に、例の真っ暗なトンネルをくぐった。 なんか、ホントに『千と千尋の神隠し』のトンネルだったようにも思えたりした。
平壌で会った北朝鮮の人達の誰もが「幸せだ」と言い、 それはウソを言ってるわけじゃないと思う。 ただ、その幸せは僕が感じてる幸せとは違う気がするし、 本当に幸せなのはどっちなんだろうか? もちろん僕は今からあっちの幸せには変われない。
ホントの意味で、『知りたくてわかった事』『見たくて見えた事』はなかったような気がする。
でも、『知らなくてわかった事』『見えてなくて見えた事』が僕の目に飛び込んで来た。 たぶん、行かずに知らないのと、行ったけど知らないのは全然違う。
夏休み、普通の人がなかなか行きたいと思わない朝鮮民主主義人民共和国に僕は行って来た。
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