福島カツシゲ アメリカ PHOTOレポート

福島カツシゲ アメリカ レポート

〜アメリカラスベガス日記 1〜

〜はじめに〜

どうしてギャンブルの町LAS VEGASに行く事になったのか冷静に考えてみた。

COLORS LIVE Vol5『跳レ侍』〜SAMURAI JUMP〜最終日は満員御礼の中、
アドリブも多く入ったせいか、いつもより10分以上もオーバーして、フィナーレを迎えようとしていた。
MIKOさん、みっちゃん、そしてSpecial thanksの木根尚登さんを送り出し、
本来ならメンバー紹介をして石川セリの曲にのせておもしろビデオで幕を閉じ
「おつかれっしたぁ〜」「カンパーイ」「なんだよ、もぉ帰んのかよ。
もぉ一軒行こうぜ木根っち!」という流れのハズが、
なぜだろうか、アンコールの拍手もないのに石山ひろし君が「これでは終わりません」とぬかしおった。

「ヤバイ、またどっか行かす気や、この男。」
2ヶ月前のメッチャLIVEでの悪夢がよみがえった。
俺の嗅覚に間違いはなかった。
2ヶ月前、打ち上げの酔いもさめぬまま、山開きすらしていない富士山に登ってきたばっかりなのに、
たぶん閉山した富士山の山をキッチリ閉じて来いとでもぬかすんやろ、、、。
俺の嗅覚はなまぬるかった。
そんなもんじゃなかった。

ビデオが届いてるとぬかし、スクリーンに映し出されたのは、
1ヶ月前に浜松でやってきた仕事のビデオだった。
そもそもブラジルのサンバカーニバルのショーの中にアメリカ人のリンボーダンスが入ってる事自体が
おかしかったのだが、
このキングリンボーはギネスにも載っていて、6インチ(15.25センチ)の下をくぐる、すごい男だ。
俺達は彼の事を『キング』と呼んでいた。
買い物にもついていってやった。
そのキングからのメッセージを見てガク然とした。
「日本にリンボースティックを忘れてきちまったんだ。ラスベガスまで届けてくれ。おまえならできるだろ」
とごていねいに字幕スーパー(戸田奈津子訳)まで入っている。
ここまでよく考えてみようよ。
リンボーダンサーがリンボースティック忘れるか?
マイケルジャクソンがコンサートの前に白ぬりするのを忘れるようなもんやろ!?
山田くんが舞台そでから座布団もって出てくんの忘れるようなもんやろ!!
黒柳徹子がストレートヘアーに、、、もぉええか。
今どぉやってショーやってんねん?
と思うのもアホらしいぐらい「ありえない」と思うのとは裏腹にスピリッツはもえあがった。
待ってろキング!!アメリカンジョークが海を渡るぜ。
ただ次のライブではやめようね。もぉ俺達大人なんだから、、、。
俺は飛行機のチケットキングの住所の書かれた紙、1万円分の米ドル
そしていつもの俺の赤リュックだけを持って9月11日成田をとびたった。
まさかアメリカで信じられない戦争(テロ)が起きるとも知らずに。

〜アメリカラスベガス日記 2〜

何を言うとるのかさっぱりだった。
タイ航空なだけにタイ語らしい。
タイ語でざわつき、次に英語でも多勢がざわつき、最後に日本語で俺がざわついた。
「ロサンゼルス空港が閉鎖されましたのでサンフランシスコ空港に着陸します」
『閉鎖』ってまた、ただごとやないなぁ。いきなり出鼻くじかれた。
機内にあったスポーツ紙の11日の俺の運勢は「成功するゾ」と強く念じてやれば大吉。
恋愛運は絶好!と書いてあった。
俺には11日がほぼ2回分あるので成功しまくりやなぁと思ってた矢先の事だった。
それから10分もしないうちに状況は更に悪化した。
「アメリカの空港はすべて閉鎖されました。当機はサンフランシスコに着陸します」
???サンフランシスコもアメリカやろ?
結局理由も知らされないまま降ろされ、何のフォローもなく、空港はケーサツとTV局の人間だらけ、
税関での入国審査の時何気なく
「WHAT‘HAPPEND?」(この英語合ってる?)って聞いてみた。
税関の人間って口固いんやろうなぁ〜と思っていたらめちゃめちゃやわらかかった。
日本やったらクビになるんちゃうかって心配するぐらいベラベラしゃべってた。
キーワードなる単語は「テロ」「ハイジャック」「ペンタゴン」「アタック」「クレイジー」「ニューヨーク」
がよく出てた。
「10,000(テンサウザンズ)DEAD」えっ、1万人が死んだの?
えっ、なになに、テロが起きたの?どないなってんのアメリカは、、、?
俺の荷物めちゃめちゃ調べられるねんけど、このリンボーステックのおかげで、、、。
サンフランシスコとロサンゼルスは1,000Kmぐらい離れてる。
そんなとこ連れてこられてもなぁ〜。
でもあとで知ったがほとんどのアメリカ着の飛行機はカナダのバンクーバーに行って着陸したかひき返したらしい。
カナダ行ってたらいろんな意味でやばかったな、半袖やし。
さてと、どぉしよ?
とりあえず、サンフランシスコのダウンタウンまでは親切なイタリア人とアメリカ人のおかげで着いた。
グレイハンズバス(長距離バス)でロスまで43ドル、ラスベガスまで65ドル、、、そんな金の余裕はない。
占いってやっぱりあかんわ。
そぉいえば去年鹿児島まで歩ききった時、ふと落ちてたスポーツ紙の占いの欄に
「気分を変えて旅に出れば吉」って書いてた。
これ以上どこへ旅すんねんって思ったもんなぁ。
オークランドまで2ドルで着いた。
ロスまで1,000Km、ロスからラスベガスまで500Km。
去年6ヶ月で歩いた距離と大してかわらんやんけ!!
そんなに広いのアメリカって?
アメリカのトイレに入ると小の便器がビミョーに高くてちょっとした屈辱感を味わう。
で、子供用の便器で用を足しながら今度はビミョーに低いのでちょっとした優越感を味わう。
なんでアメリカ人って飲み切れらへんようなコーラのコップ持ってんねんやろ?
ビックサイズの上にスーパービックサイズがある。
ダイエットコークもそんだけ飲んだらダイエットにはならんやろ。
もしかしてこいつら飲めば飲む程ダイエットできると思ってんのちゃうか?
そうやって考えたらドリトスの三角形も日本のよりややでかい気ィするし、すプライトは絶対炭酸多いし甘すぎる。
戦争に勝つってこういう事なんかなぁ。
今回の失敗は地図も「地球の歩き方」の本も買ってないんで、今どこがどこやら、
この地が治安はええのか悪いのかさっぱりわからん。
日本やったらコンビニ入って地図立ち読みすんねんけど、
7イレブンはあんねんけど立ち読みという文化がアメリカでは逮捕される事かもわからんし、
それでなくても今アメリカ人殺気立ってんねんやろうし、、、。
なにせまだ一言も日本語しゃべってないもんなぁ。
英語発しまくったんで、通じてるかどうかは別として。
結局グレイハウンズでロスまで向うことにした。
バスの中に約12時間いた。
途中で休憩したりすんねんけど、どれくらい停まってるかわからんし、
バスの発車もアバウトな国らしく、客の人数確かめたりせぇへん。
「Everybady come back?」とか言って、
何人かが勝手に「イェー」とか言ったらバス出るし。
やっぱり戦争に勝つってこういう事なんかなぁ。
ロスに着いたのは朝の4:00で、バスの待ち合い室の外はなんかめちゃめちゃホームレスみたいなんかがいてて
ヤバそうだ。

〜アメリカラスベガス日記 3〜
たぶん9月12日(?)

朝日がのぼってきてヒッチハイクを試みたが全く止まらん。
こっちも今一「止まられてもなぁ。」と心の中で思ってたりするからよけいだ。

しかし、夜が明けきったらなんかふっきれた。

最初に止まってくれたのは全く英語の通じない(たぶんスペイン語)トラックの運ちゃんだった。
なんかむこうはしきりにソルトレイクとか言うてるから、まぁええやろと思ってのせてもらった。
車の中での会話はお互い全く通じてないと思う。
で、なんかずーっと砂漠みたいなところを走ってて、
俺はなんか大きなミスをしてないかなぁ〜とか思い出した矢先だった。

なんかやたらデカイホテルとかが見えてきた。
「もしかしてラスベガス?」英語は通じなかったが、
「イエーカジノ、カジノ。マネー、マネー。」というような事を言ってるんやと思う。

どうやらソルトレイクシティーはラスベガスのむこうにあるらしい。
俺はラッキーマンだ。

なんと1回でラスベガスまで来た。
グレイハウンズのバス停で降ろしてくれた。
まちがいなくラスベガスだ。
なんか太った白人がいっぱいいてる。
俺のイメージしてたラスベガスだ。
時間は昼の1:00すぎ。
すでにギャンブルやってる奴がいる。
約5時間フリーウェイをぶっとばしてラスベガスについた。
アドレスだけでなんとかなるもんやなぁ。

キングのアドレスはSILVER DOLLERというところだ。
ギネスに載ってる男の住んでるところだ。
誰もが知ってる、、、ハズやろ!?#なんで誰も知らんの?
DOWN TOWNにあるプラザホテルのインフォメーションが調べてくれた。

「6,7マイル(約10Km)はあるで。車かい?」と言うんで「歩きや」と言うと
アメリカ人独特の「オーマイゴット」の顔をしてた。

なめるなよ俺の足を!!

30分して思った。
砂漠の暑さと乾燥を。
しかと3時間歩いてたどり着いた。
汗だらけになって。

おどろくやろなぁ、キング。
ドア開けたら目、丸くすんのちゃうか?
「オーマイゴット」の顔するかなぁ?

ピンポーン、ピンポーン#留守だった。
午後6時、まだ暑い。

いつまで続くんや、この暑さと不安。
キングの家の前に座って2時間。
やっとすずしくなってきた時、1台のキャデラックが止った。
降りてきた黒人はあやしそうに俺を見た。

そしてしばらくして「オーマイゴット」の更に一段階上の顔をしてた。

「アンビリーバブル」「アーベラス」を連発するキングは、
俺がリンボースティックを届けにだけ来た事を告げると笑ってた。
家で邪魔になってた西郷さんの置き物を日本のみやげと言って渡した。
親友のところへ連れていってくれて夕食をごちそうになった。
そぉいえば機内食以来ドリトスしか食ってなかったのを思い出した。
めちゃめちゃうまかった。

みんなラスベガスにリンボースティックを届けに来た事より
ダウンタウンから歩いてキングの家に来た事におどろいてた。
長い長いLIVE『跳レ侍』が終わった瞬間だ。
客の拍手もなんもないが、満足感で一杯だった。

〜アメリカラスベガス日記 4〜
たぶん9月13日(?)

キングの家で夜が明けた。

キングの家は普通のアパートだった。
テディーさんというルームメイトがいた。
日本語の勉強にとても熱心で俺に聞いてきてローマ字でメモしてた。

「You are beautifulは?」
「Your eyes very beautifulは?」
「Please dance with meは?」
「Softは?」
「Prettyは?」
「You need the man like meは?」
「I want to be with youは?」

全部女をくどくのに必要な日本語ばっかりだ。
根っからの女好きだ。
テディ−は俺に聞くたびにでかい顔とでかい声で笑う。
キングはとても親切にしてくれた。
そしてキングの部屋にはもう一人ジェリーという男が住んでいた、、、。
ん、ゲイ?
たぶんゲイだが、とてもジェントルマンなゲイだ。
俺はそういうのにけっこう理解ある方だ。
キングとジェリーはたまにケンカをする。(でも大人(女?)のキングが折れる)
ほんとうにキングはとても親切にしてくれた。

夜のラスベガスにもつれていってくれた。
屋外でやってるタダで見れるショーはほとんどやってなかった。
ニューヨークでの一件が影響してるらしい。
ホテルの中でのショーはふつうにやってた。
ニューヨークでの一件は全く影響してなかった。
何のショーも見ずにカジノに手を出す事もなく、帰ってきてキングの手作りのめしを食わしてもらった。
キングはプリンを作ったりしてた。
たぶんが確信にかわっていた。
絶対ゲイ。
いつの間にかソファーでねてたら夜があけようとしてた。
今日っていつだ、何日で何曜日?さっぱりわからん。
ラスベガスからちょっと離れたこの町にも7イレブンはある。
立ち読みしてる奴は一人もいない。
明け方、くたびれたおやじが一人でレジをしてた。
やっぱりここは日本と違うなと思った。

さてと、そろそろ帰路にむかうか、いろんな意味で長くいるべきじゃない、理解はあるけど、、、。

〜アメリカラスベガス日記 5〜
たぶん9月14日(?)

朝キングの家を出る時キングが言った。

「Don‘t walk to L.A」

ジョークで言ったのかバレてんのかどっちやろ。

かれこれ12時間歩いてprimeという町の先8Kmぐらいまで来た。

もぉまっくらでまわりは砂漠でフリーウェイだけを車が走ってる。

たぶんこの先40Kmまで全く町はない。
やめときゃよかった。

そぉ思いながら指をあげた。もぉこの辺でええやろ。と自分に問いかけた。

もちろんL.Aまで歩く気はサラサラなかったので、とりあえず行けるとこまで歩いてみよと思っただけで、
ぶっちゃけた話金もそんなにない。
っていうかもともと持ってきてない。
やっぱもぉちょっと歩いてみよか。
指をおろして先に進んだ。
今primeまでもどってきた、というよりつれもどされた。

もちろん初めてだ。
アメリカのポリスの車に乗っけられて、手錠まではかけられなかったがボディーチェックはされた。
頭の後ろに手をまわして、ぐるぐる回された。

「Do you have a weapon」(武器は持っているか?)と言われ、
さすがにチンポコを指差して「アイ ハブ ビッグマグナム」と言う余裕はなかった。

カバンをチェックされてる時

「ラスベガスにあった自由に持っていってもいい」って書いてた、
アメリカ版風俗情報雑誌を持ってこんでよかったぁ。と真剣に思った。

フリーウェイは歩いてはいけませんよ、みなさん。
ポリスカーで連行っていうか連れもどされてる中なぜか車の中は盛り上がってた。

おまけに最後は記念写真まで撮って、アメリカのポリスはなんでこんなにフレンドリーなんだろうか?
ポリスは去り際に「Good−by KAMIKAZE BOY」と言ってた。

戦争に勝ってもパールハーバーの事は根にもってんのか?
たぶん時間は夜中の2時頃だ。

primeはリトルラスベガスみたいなところで、とばく場、失礼カジノがある。

一発当ててファーストクラスで帰るか。

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