『出鼻くじかれ、、、残りあと、700キロ』6/28(アメ)
ナニかもぉ、遠い昔の事のようですが、予定より5時間遅れで下北〜下北に、、、
沢〜半島に向ってこぎだした。
「この荷物、ちょっと重いんちゃうか?」
そんな疑問を朝、下北沢についた時に思い、雨待機で自宅に戻った時
「寝袋、、、ほぼ寝てるヒマないやん、イラン。ヒマつぶしの為の本、、、もっとイラン。
だいたい、ヒマあったら寝てるやろ!んッ?って事は寝袋いる?なくても寝れるやろ!」
甘く見てた、北の夜を。で、結局、リュックに入ってた寝袋、本、細かいけどノド飴は置いて出た。
環七〜日光街道(4号線)そして、ひたすらまっすぐ。実に分かりやすい。雨とはいえ、
何人かは傘もささずにリュックをかついでチャリンコに乗って車道を走ってる。
もちろんそぉいう人達は『本気マシーン』だ。
オレはマイペースで走ってるが、高円寺あたりで追い抜かれた『本気マシーン』にまたがる
大学生風のにいちゃんを、何の気なしに千川あたりで抜き返した。
そんな抜きつ抜かれつをくり返し、さすがに『ママチャリ』に追い抜かれる事にプライドが
傷付いたのか、日光街道に入って、猛スピードで消えていった。
「さようなら、本気クン」
休憩もなくしばらく走ってたら、また、猛然と彼がオレを抜き去っていった。
もぉ、会う事はないだろうと思っていた彼が、、、。
「グッドラック、本気クン」
草加をだいぶ過ぎたセブンイレブンで 最初の休憩を取った。
「あッ、、、、」パンをくわえながらオレを見てるヤツがいた。
「あッ、キミ、、、」本気クンだった。
<加藤君 20歳>
「えッ、もぉ着いたんですか?うっそ〜」
「なぁなぁ、抜かれた時ってムキになってた?」
「いえ、ムキにって事もないですけど、、、チョットなってましたけど、それよりどこまで
行くのかなぁ〜って、思ってました」
「加藤君はどこまで行くの?」
「会津の実家です。どこまでいかれるんですか?」
「下北まで」
「逆ですよ、下北って」
「いやいや、下北半島」
「えッ?」
「下北から下北半島」
「えッ?あ、いや、、、えッ?」
「なに?」
「青森ですよね、下北半島って?ママチャリでですか?」
「まぁ、コレで走り出してしまってるからねぇ」
「うそでしょ?無理ですよ、、、いや、無理でもなさそうですね」
「えッ、ナニを見て、無理じゃなさそうに見えるの?」
「あ、いや、なんだろう?笑顔かな?」
「なんじゃ、それ!そぉか、会津か、頑張ってね。まぁオレに言われる筋合いはないと思うけど」
「いえ、なんか、勇気が出ました。頑張ります」
「出すな出すな、オレ見て勇気を出すな」
そんな訳で、加藤君とはポカリで乾杯して別れた。残りあと、655キロ、、、。
『矢板トラックステーション』
初日は、出遅れた事もあって、矢板までしか進めなかった。
体力的にどぉとかじゃなく、日が落ちると、、、こわい。東京のような『不夜城』なら、
なんぼでも突き進む、いや、やっぱり限界あるよな。考えたら、雨で中断されながらも
10時間ぐらい走ってる。で、ビックリした、鬼怒川を越えたらいきなり真っ暗になった。
カエルの鳴き声となんとなく牛のかおりはするねんけど、、、真っ暗。
やっぱり、限界より先に『怖い』がきた。
<トラックステーションの管理人のおじさん 65歳>
「2〜3時間だったら、すぉこで、よご(横)になればイイっぺよ」
「うわ、ちょっと感動しました」
「なんだっぺ?」
「いや、初めてナマで『だっぺ』を聞きました」
「アハハハハハ、そぉが、そぉが、そぉだっぺな。ながなが(なかなか)きがねぇが」
「おじさんは生まれも育ちも栃木なんですか?」
「あぁ、ごの先に那須ってあんだけどな、ずっとそごだなぁ」
「やっぱり、東京とかはダメですか?」
「ダメじゃねぇけどな、ちょっと住んだ事もあったけんども、山が見えなぐなるとダメなんだぁ」
ええ言葉やなぁ〜。重みがあるな。
「ここのソファーで寝させてもらっていいんですか?」
「5時頃に出んだろ?もぉごの時間だったら仮眠室(1800円)使うのももったいねぇっぺ」
「すいません。じゃぁお言葉に甘えて」
「しっかし青森までいぐってのに、なんで、今時あんな自転車なんだ?キツイっぺ?」
「ねぇ。キツイんですけど、なんか、自分が見えなくなるとキツイことを、、、」
アカン、重みがない。
「おやすみなさい」残りあと、570キロ、、、。
『??????』6/29(快晴)
『話し相手 Japan Tour 2000』、、、南に向って正解やった。
たしかに、鹿児島の川内(せんだいって読む)で、地元のオッサン3人で話してたのを10分程聞いて
て理解できた単語が「清原」「ビール」「ガソリン」の3つだけで
「ど、ど、どぉしよ?」って思った事はあったけど、、、ここは那須〜白河の間の山頂にあるカキ氷屋。
オッサンがひとり屋台みたいな店を開けてた。
<屋台らしき店のオッサン 50代半ば>
「すいません、ここのイスで休ませてもらってイイですか?」
「$B&%¥???&$東京&%<+@/???」
「えッ???えッ???外人?」いや、違う。
会話の間中、おじさんの語尾が疑問形になるのを恐れてた。それでも、2人で話してる時は、いや、
話してない。聞いてる時はまだよかった。そこに、地元の植木職人がやってきて
「NHUDFVKILLUYOBDSXVCFREWQAZOIMだってよぉ」
「XFZBSKIYRHSWギャハハッッハッッッハ、そっか、じゃぁXAFDEOINB」
「よかったじゃねぇか、VFUKSDOISKSJRNJSHAGYSHなぁ?」
「えッ、あッ、???はい?」
「じゃぁ、こっちだ、こっち」
1時間後、彼らがオレにナニを話してたのかがなんとなく見えてきた。たぶん
「おい、にいちゃん、時間があるんだったら、草刈り手伝ってくれだってよぉ」
「ヒマそうだもんなぁ、ギャハハッッハッッッハ、そぉか、じゃぁ、草刈り手伝ってくれたらメシ
食わしてやるぞ」
「えッ、あッ、???はい?」
「じゃぁ、こっちだ、こっち」
そんな感じやったんやろな。で、今、メシ食いながら、、、話しかけられてる。疑問形になるのが
今まで以上に不安です。最後は、だいぶ分かってきた。
「ここが標高800メートルで青森までで一番高いとこだから、この後はアップダウンもないし、
ずいぶん楽だぞ」みたいな事を確かに言ってた。が
「アップダウンだらけやったやん、オッサン」
『長者に』6/29 16時
福島競馬場に着いた時、レースは12Rを残すのみとなっていた。ギャンブルはやらないが、
馬が見たくて入ってみた。チャリンコで走ってる時は必ず、どれぐらい走ったかを計ってた
ストップウォッチを止めたら『44:44:11』(44分44秒11)で止まった。
「しょ〜ぶ!馬番、単勝4番に1000円」
相手は自販機だったんで、マークシートに書き込んで、、、ナニが違うんやろ?用紙も金も戻って
くる。そのうちファンファーレが鳴って発売は締め切られた。
「うそ、うそうそ、うそや〜ん!」
きた。4番、、、レースが審議に入って着番が変わるかも、、、変わらず4番、1着。
これまた配当も440円。オレのラッキーナンバー『4』(し)、、、死?
『ゆ〜ぽ』いわゆるスーパー銭湯(500円)6/29夜
「お客さん、すいませんが、休憩所なんで、横になられると困るんです、、、」
「いや、なんかね、湯アタリしたんかなぁ?気分が急に悪くなってね」
「あッ、そぉいう事でしたら、横になってて下さい。お水お持ちしましょうか?」
「大丈夫です、横になってたら楽になれると思うんで」
『湯アタリ』以外にウソはない。いや、『悪く』も、ちょっとニュアンス違うかな。正確には
『眠くて』まぁ、これを言うと横になれないし
「あッ、すみません。ホントおかまいナシで」
ゴメンネ『ゆ〜ぽ』、、、おやすみ。
「お客さん、お客さん、申し訳ありません。閉店の時間なんですが、どうですか?おかげんは?」
「おかげん?」
「病院、行かれますか?」
「美容院?あッ、病院か!」思い出した。3時間程寝て気分爽快になってる。
ありがとう『ゆ〜ぽ』、、、でも、こんなとこで、夜中の12時に放り出されても。あッ、
ガストみっけ!5時までか、バッチリ。残りあと、415キロ、、、。
『あぁ、勘違い』6/30
今日は寿司の日、F本さんの紹介で仙台の宮城野区にある寿司屋さんでツケで食べさせてくれる。
F本さんが大将と電話で話してたのを聞いてた。
「そぉそぉ、福島君っていうんだけど、彼が好きなのはカッパ巻きね」
まさか、カッパ巻きだけが出て、、、来ないよなぁ?
仙台に着いたのが朝早かった。まだ寿司屋のやってる時間までは結構ある。そんな時、出てきた
看板に『盛岡190キロ』、、、あれッ?東京を出てくる前に調べた(つもり)時は
『仙台〜盛岡は100キロ』って、、、。
と〜ん〜だ〜勘違い?ってことはどうなる?倍?え?え?なんか知らんけど、、、い〜そ〜げ〜!
「寿司、幻となる」
終わってから思うと、食ってても間に合ってたかも?でも、夜に怖くて走れないのは、ヘタすると
昼3〜4時間のロスが1日のロスになる事もある。それに、、、カッパ巻きだけやし。
『なんとなく思う事』6/30
自転車で、しかもママチャリで、3日間もこぎ続けてると、おかしな事を考えたりする。
「絶対、上り坂の方が多いよな。しかも、上り坂の方が急やな。なんでやろ?日本地図って
北が上やからかなぁ、ごっつい登ってる気ぃするよなぁ」
「最初は、初期の長渕剛を口ずさんでたのに、なんでやろ?明け方、バカボンの歌を唄ってる」
『西から登ったお日さまが、東へ〜しず〜む(えッ、たいへ〜ん)』
合いの手入り、なんか壊れてきた?オレ。
仙台の広瀬川を渡る時、佐藤宗行の青葉城恋唄(?)を口ずさんだ。
『広瀬川〜流れる岸辺〜思いでは帰らぬ〜』って。で、つぎに梅田川を渡ったら
『梅田川〜流れる岸辺〜思いでは帰らぬ〜』仙台を出るまで川の名前しか変わらん。
「七北田川〜流れる、、、名取川〜流れる、、、ナニ川〜流れる、、、ドブ川〜」
『今日の寝床は平泉の駅の待ち合い室』6/30(夜)
「うわッ、ヤバそうな男が来た。この男の目つき、殺(や)られる」
「はい、こんばんわぁ」
「えッ?」
「あのさぁ、おもで(表)に止めである自転車っていうのは、おだぐの?」
<おまわりさん2人>
なんか、腰くだけるね、東北弁の私服警官って。語尾を上げて東北弁を意識しながら読んでみて
下さい。できれば声を出して、、、別に意味はないねんけど、なんか癒し系やで。
「ええ、僕のですけど」
「どっがらきたの?」
「東京です」
「学生さん?」
さすがに、これには笑った。
「仕事はナニをされてんですか?へー、お笑い屋さん、だったら、こうやって警察に声を掛けられる
のもネダになんのかい?」
(よくわかってらっしゃる)
「あんまり悪ぐ言わんでよ。まぁ、ちょっど調べさせてもらえるかな、免許証いいですか?はい、
御協力ありがとうございます。(もう一人の警察に)ちょっと見て来い。そぉだ、この駅は、
お〜い、ここは一日中電気って付いてんだっけか?あっそぉ、付いてんだって、なら怖ぐないな」
(オレはいくつや?)
「おまわりさん、ちなみに、あのチャリンコってパクったやつとかやったら、連行されて
ブタ箱ですか?」
「あんだって、盗んだのが?あの自転車!」
「いや、残念ながら自分のなんですけどね」
「あんだよ、ビックリさせんなっで、電気消すぞ」
(どんな脅かし方や、、、)
「しっかし、いつ東京を出てきたんだ?」
「おとといです」
「は〜、こりゃたまげだなぁ、すんごい体力だなぁ。今日は夕方スゴイ雨に降られただろ?」
「ちょうど一関の手前の山越えでビショビショですよ」
「は〜、こりゃたまげだなぁ、あの雨んなが走ってきだのが。でも、後は二戸(にのへ)のとごろが
大変だよ。なんせ標高が450メートルあんだって」
「大丈夫ですよ、白石ってとこが標高800メートルあったらしいんで」
「は〜、こりゃたまげだなぁ、800ったら倍だなぁ」
(たまげ過ぎですよ、おまわりさん)
「まぁ、こごらへんは治安もそんなに悪ぐないから、大丈夫だとは思うっけど、ナニかあっだら
110番すれば7キロ先に警察署があっから」
「ナニかあってからでは遅すぎる距離ですよね?」
「マッハで来るがら」
(マッハ?)
「では、気をづげてな」
「はい、おやすみなさい」
初日を終えてから体に異変があった。どんどん悪くなってる気がする。痔やな、間違いなく切れてるな。
残りあと、285キロ、、、やな。
『さむッ』7/1(くもり)
気温9℃、、、吐く息も白いはずやわ。なんでやろ、田舎の朝は正月の匂いがする。味噌汁かな?
オレが一日のチャリンコをこぎだす頃、すでに田んぼ仕事は始まってる。
「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませぇ」「らっしゃいませ」とあるコンビニ(真城店)、
早朝3人の店員って多すぎ。
4号線『分れ南』って交差点を大きく右にカーブして、長い長い下り坂を一気にスピードに乗って
下っていく。と、前方の草影に人影とナニやらあやしい機材、、、
「ネズミ捕りだぁ!」
し、し、しかし、今さらスピードをとめる訳にはイカン。ポリと目が合った時
「オレ、だいじょうぶ?この、スピード」
アイコンタクトとジェスチャーでポリも分かったようだ。
「・・・・・・(ニヤッ)・・・・・」
「どっちやねん!その笑顔」
さらに前方に
「な、な、なんじゃ?おまわり何人いてんねん!」止められるか?このスピードは?
「気をづけろやぁ〜」
「・・・・・・ノーマーク?・・・・チャリンコしかも、ママチャリやもんな」
『卓也君』7/1 夜ってほどでもないけど
「あの立て掛けてる本気自転車って、キミの?」
「ええ、そぉです、、、」
「今日は、ここで泊まんの?」
「はい、そぉしよかなと思ってます、、、」
「地図で見たら、この先山ばっかりやもんなぁ」
「そぉですね、、、」
完璧に警戒してるな、オレの事。で、10分後
「マジっすか!あのママチャリで下北半島ですか?えッ、下北と下北?それだけで?うそ〜。
28日に出て、4日間で岩手ですか?どんだけこいでますの?まぁ、僕はだいたい野宿ですね。
そぉそぉ、結構よくありますよ、なんか変なオッサンとかに声かけられたりして、夜とか寝たい
のに寝れなかったり」
オレをそぉ思ってたって事やな、、、。
「そぉか、って事は、まだ半分や?これから北海道?」
「ええ、ビールごちそうさまでした。あッ、オレもカップラーメンとかありますから、腹へったら
言って下さいね」
警戒は解かれた。そんな岸本卓也君は、、、
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Athene/4653/staydream_012.htm
、、、こんな男です。ちなみに、結局カップラーメンは出てこなかった。あッ、気にしてないで。
「うわッ、めっちゃ快適!卓也君、ソファーやでソファー」
「僕だけ寝袋でスミマセン」
「いいよいいよ、おやすみ。ちょっと明るないか?これって、電気消して、テレビも消したら
怒られるかなぁ?」
「イイんじゃないですか、僕ら以外ダレもいてないし」
「そやな、ほな、消そ!」カチッ
残りあと、180キロ、、、見えてきたで、ゴール。
『2回目の職務質問』7/2早朝
2人の(制服)おまわりさんが2人の不審者を見つけた、いや、不審なのは、1人と1台か?
まだ暗い中、パトカーから降りてきて、手に持った懐中電灯で外に停めてたカッコイイ卓也君の
マウンテンバイクを照らし、次に、もっとカッコイイ?オレのママチャリにスポットライトを
浴びせてた。
そのちょっと前の朝4時、オレはそろそろ下北に帰ろうと、いや、向おうとして荷物をまとめてた。
「卓也君が起きた時、オレがいなくてポツンとオレンジ色のママチャリだけ残ってたらどぉするやろ?」
って、考えながら。
「あッ、スマンスマン、起こした?」
「もぉ、行きはるんですか?」
「ああ、雨が降らんうちに先進んどかんとな」
「気をつけて行って下さい」
「うん、、、でも、ちょっとしばらく出れそうにないな」
「えッ?」
「ほら、おまわりさんが、なんか『見つけた!』みたいな嬉しそうな顔してるやん」
「こんにつぃわ」(文字にしたら間違ってるだろう東北弁をお楽しみ下さい)
「おはようございます!犯人はこいつです」
「うわッ、ナニを言いはるんですか」(卓也君はなんとなく寝ぼけてた)
「あのぉ、あすこに置いてある自転車はおたくらのですか?」
「1台は僕ので、もう1台は彼がパクったママチャリです」
「な、な、なんてことを言いはるんですか」(目が覚めたようだった)
で、1人づつ別れての職質。オレの方にはベテランのおまわりさんがついた。
で、卓也君には、、、あれ、もぉ終わり?早いなぁキミ。
「防犯登録が東京になってるんだけんども、東京から来られたんですか?」
「はい、東京の下北沢ってとこから下北半島への橋渡しの為に」
「はぁ〜、あれで下北半島まで行かれるんですか?」
「まぁ、ちょっとした罰ゲームみたいなもんです」
「こりゃまた、ずいぶんとスケールのでっかい罰ゲームだね。ちょこっと調べさせてもらえる?」
「どうぞどうぞ、そこにセルフサービスのお茶なんかもありますんで、まぁゆっくりと」
「しっかし、いつ頃、東京さ出てきたの?」
「4日前ですね」
「4日?4日でここまで来たの?600キロちがくあんでねぇの?」
「まだ、150キロぐらいありますから」
「いやぁ〜、大変だわ、その罰ゲームは」
「がむしゃらにチャリンコこいできたら、昨日彼に捕まって『金出せ!』って脅されて」
「リーダー、むちゃくちゃ言いはりますねぇ」
「リーダーって言うな、リーダーって」
調べも終わって
「気をつけて行ってきて下さいね」
「はい!おまわりさんも気をつけて下さい。物騒な世の中ですから」
「こごらへんは、だいじょぶさ」
なんでか4人で敬礼して別れた。パトカーが去った後、お互いの成功を祈って
「まぁ、オレのゴールは見えてるから、東京に帰ったらホームページで君の歩みを楽しませてもらうわ」
「はい、リーダーも最後、気をつけて」
「リーダーって言うな、リーダーって。あッ、そうそう、5日にもし青森市内にいてたら連絡しといで、
おいしいもん食えるで。もちろん奢りで(オレじゃないけど)」
「ホンマですか?結構、予定とかおおざっぱなんで連絡します」
「ん、ほな」
颯爽と白いチャリンコにまたがり、、、
「おいおい、それ、僕の」
あらためて、オレンジのチャリンコにまたがった。どや?オレの後ろ姿、意外にカッコエエやろ?
ママチャリやで。たぶん下北沢を出た時の後ろ姿はあんまりカッコよくなかったと思うけど、、、。
『オレの4日間を、、、』
「もしもし、M治ですけど、今、どの辺りですか?」
「そろそろ青森に入るとこです」
「はえ〜、スゴクないですか、そのスピード?」
「もぉ、がむしゃらですわ」
「じゃぁ、僕も今から出ますんで、予定通り、明日1時に下北駅でいいですか?」
「いや、ちょっと雨で足止め食らってるんで、遅れるかもしれません」
「大丈夫ですよ、おいしいもんでも食って待ってますから、じゃぁ」
「・・・・・・・・・」
今回、FM青森の仕事を決めてきてくれたのはM治さんで、打ち合わせやら何やらの為に今日、
東京から車で青森に向う。一緒にスタッフのT堂君も連れて。
なんで、青森まで?っていうのも、M治さんのテリトリーは東京の次に青森で、実は奥さんの
実家が青森で、お父さんは青森、いや、日本でも有名な津軽三味線の奏者であり、何千人という
お弟子さんを持つ先生で、更に更に、お母さんは有名な踊りの先生という、、、スゴイ。
そんな立派な家の婿どの?
「ありえへん」
で、8時間後にメールが来た。
『今、着きました』
「・・・・・・・・・」ムカつきを通り越えて、すがすがしくさえ、、、あるか〜!
8時間?8時間ってなんやねん!人間の睡眠時間か?オレの4日間のトータルの睡眠時間が8時間
くらいやわ!そんなんええねん!オレも寝る、今日は寝る。
って言うか雨でビショビショやん。アカン、温泉に泊まる。豪華な山の幸を食う、、、いや無理かな?
で、見つけた。日帰り温泉
『東八甲田温泉』
とはいっても、そんなにデカイ訳でもなく湯舟がひとつに、ひとり入れるか入れないかの湯舟?桶?
がひとつあった。
「あつ、あつぅ、あつあつあつ、あっつぅ〜。ここの温泉熱いですね」
「今日の湯は結構あづいなぁ、天然温泉だがら、毎日温度が違うからな」
「よく入れますね、こんな熱いの」
「おにいちゃん、そごに小さい湯舟があんだろ、そごに水ためて入ってみろ」
「えッ、湯舟なんですか?これ」
「そぉだ、水で体をめぇいっぱい冷てしがら入ってみろ」
「いや、いや、体冷えきってますよ」
「そんなのは冷えきったうちにはいんねぇぞ。いいがら、水ためて入ってみろって」
「うわ、つめた、つめ、つめ、つめたいって、おじさん」
「だろ?まだ冷えきってねぇってことだ」
「あかんあかん、出ますよ」
「まだだ、もぉちょっと我慢しねかったら、意味ねぇがら」
「あかんあかん、心臓止まりますよ、これ」
「心配すんな、止まったら動かしてやっから」
「うそぉ、うそうそ、うそや〜ん」
で、我慢は3分続いた。
「どぉだ?もぉ冷たくねぇだろ?」
「はい、冷たくないと言うより、感覚がないですね」
「よし、入ってみろ。こっち入ってみろ」
「・・・・・うわ!アツない」
「ほらな、それを3回ぐらいやると、体が軽くなっから。へば、お先に」
「ありがとうございました」
相当疲れてたんで、3回と言わず、何回も、何回も、それはそれは、、、疲れが、ドッと出た。
確かに3回目ぐらいで軽くなった。が、温泉から上がって、動けん。結局、素泊まり。朝起きて、
心臓止まってないやろな?残りあと、85キロ、、、。明日天気になってくれ。
『ゴールへ』7/3(霧雨〜晴れ)
霧雨が一番たちわるい。見た目降ってないのに、1時間も走るとビショビショだ。朝、5時まで待っても
やまないんで出発。車チームに負ける訳にはいかない。6時過ぎ、雨もやみ、島国ニッポンを4日間走って
全く目にしなかった『海』が見えてきた。
ちょっとした休憩所にある、お店の前のベンチに腰かけた。お店の名前が
『リストランテ』・・・・・『リストラって』?、、、なんじゃそれ。
海岸線を一気に走った。10時過ぎ横浜町にある『道の駅』でメールを入れる。
『ゴール、目の前!』
「もしもし、M治ですけど、どこですか、今?なんでですか、早くないですか?」
「負けれん!」ブチッ、ツー、ツー、ツー、、、。
フッ、フフフフフフフフッフ。いざ、勝負!ウサギとカメ作戦。
12時27分下北沢ではない『下北駅』着。青森市内から飛ばしてきて、遅れること40分。
M治さん、T堂くん、若菜ちゃん(M治さんの義理の妹)、着。
オレは勝利の缶コーヒーに酔ってた。東京から来てくれた2人と若菜ちゃんに感謝。
その、東京から来てくれた2人はママチャリで来たバカに、、、感動してた。
「まずいラーメン食いたいんですわ。なんでか、うまいラーメンじゃなくて、ドライブインのまずい
ラーメンが無性に食いたいんです。みんなで行きましょ!オレ奢るから」
結局奢ってもらったけど、、、『福島マジック完結!』」
『青森三昧』(親善大す番外編〜梅雨空〜)
『下北駅』に着いた時の俺は、研ぎすまされていた。
映画『タクシードライバー』のデニ−ロのように、『レオン』のジャンレノのように
ストイックに鍛え上げられた肉体と鋭利な刃物のような神経は、その日のうちに元の
『ダラッ』としたコメディアンになってた。
「どんどん、食べなさいね」
「はい、食ってます。おまけに飲んでます」
「ちょっと寒くない?」
「いえ、寒いとかより、この『お庭でバーベキュー』なブルジョワな感じがステキです」
青森だけでなく日本でも有名な『津軽三味線』の奏者である長谷川裕ニ先生と、踊りの
先生である奥さんの石川義野先生(共に芸名)宅にお世話になり、できればこのまま一生
っていうのも、、、
「お父さん、若菜さんを下さい」
「ガハハハハハハハ」
もちろん目は笑ってなかった。でもなぁ、M治さん(長女の婿どの)がアリなら
オレもアリちゃうか?ん?ナシ?
『FM青森 イブニングゲート』
「3000万の青森県民の皆さんこんばんわ」
「そんなにいませんよ」
「では、2〜3人のリスナーの方こんばんわ」
「極端ですね。しかし、ムチャしてますね、なんでまた青森までママチャリで?」
「なんでなんでしょう?オカシイですよね、オレ」
ラジオの収録では言いたい事を余すとこなく言い『親善大す』としての任務を
カンペキに果たして終えた。で、収録後、
「いや〜、毎週金曜日、自転車で来てくれたらレギュラー番組用意しますよ」
「ハハハハハハハハ」
「東京〜青森を5日でしょ?中二日で来てもらえば」
「ハハハハハハハハ」
「そのうち馴れてきたら、4日ぐらいで来れたりするんじゃないですか?」
「ハハハハハハハハ」
「番組は、競輪の番組でどうです?」
「ハハハハハハハハ」
「どぉも、お疲れ様でした。来週待ってます!」
「アハハハハハハハ」
「中二日って、帰りどぉすんねん!オレにも他の仕事がなぁ、、、ナイ」
『木根尚登トーク&ライブ2003番外編〜青空〜』
「えッ、ホンマっすか?前座じゃなくて?それ、ゲストじゃないですか!」
そんな訳で、木根さんのステージでゲストとして絡ませてもらった。
日本一周中の卓也君も野辺地にチャリンコを置いて青森に立ち寄った。
楽屋で木根さんに卓也君を紹介した時、木根さんは素敵な言葉を彼に送った。
「ホントだったら今日あたりどこに行ってたの?」
「たぶん、北海道に上陸してました」
「そぉか、いい寄り道になるといいね」
2時間後、楽しくあったかいトーク&ライブが終わった。
『青森〜秋田 170キロのはずが、、、』
青森でメシを食わしてもらって、夜中の3時に秋田に向って出発した。
『下北駅』に着いた日に『親善大す』は終わったし、秋田にチャリンコで行く気なんか
サラサラなかった。東京で距離を調べてた時、150キロだったんで
「なんとか行けなくもないなぁ、、、いや、やめとこ」
ぐらいに思ってたが、青森に来てからきちんと調べ直すと170キロ
「朝4時に出てもムリやん。間に合わんで、秋田のライブ」
と、結論がでた。そんな青森での木根さんのライブの中に木根さんが出した本の話になって
「あきらめた時点で、叶わないんだよね、絶対に」
3時に出た。真っ暗でね、怖くてね、7号線をひたすらまっすぐで、最初に出てきた看板に
『秋田 196キロ』
あきらめてればよかった、、、。計算上、、、ムリ。
頭には、ファンの人からもらった炭鉱夫の人がつけるライトみたいなのを付けてる。
明かりに向ってガンガン虫が向ってくる。よけるのもムリでデコにぶつかって闇に消えて
行く。中には、オレのデコをフレンドパークのジャンプしてくっつくやつみたいに
ぶつかってから、一瞬止まって「ズルズルズル」ってあきらめない粘り強い虫がいた。
「あき〜らめ〜ないで〜、みんなが、待ってるぅ〜、もの〜がたりは〜いよいよ紡がれる」
『熊注意』
出てきたら、闘おう。勝てるかも、今のテンションなら、、、。
看板の下にはホワイトボードみたいになってて、消したり書いたりできる。
<6月17日出没>最近やん。しかも消したり書いたりって、そんなに頻繁に出んの?
『このスピードで』
「おにぃちゃんさぁ、どごまでいぐの?」
ワゴン車に乗った5〜6人の現場に向う若い労働者が、おれのママチャリと並走してきた。
普段の余裕あるオレなら「これで、秋田まで行くねん、ムチャクチャな話やろ!」
と自虐的に言ってたと思うが、この時は、前しか見えてない。ちらッとだけ見てアッサリ
「あきた」
「・・・・・うっそだべ〜、ムリだって〜」
「な、な、言ったべ、秋田だってって」
「にぃちゃん、もぉちょっとムリして新潟まで行ってくんねぇ?」
「まいったなぁ、誰に払えばいいんだ?」
オレが、ママチャリでどこを目指して走ってるか賭けてたようだ。
「おにぃちゃん、おにぃちゃんって、そんなペースで秋田までもたねぇべ」
「このペースやないと着かへんねん」
「何時にいがないといげね〜の?」
「5時、できれば3時」
「・・・・・・・・・・・」
「ムリだって、ぜってぇ〜ムリだって、着かねぇ着かねぇって」
午後1時、オレは秋田に着いた。競輪番組、本気で考えよかな。