『出走』21日12時チョイ過ぎ
『着走』24日4時チョイ前
約250キロの『発走』のゴールテープを無事(あんまり無事でもなかったが、、、)切る事が出来ました。
それもこれも、坂戸市中継地点のかおりちゃんファミリー、伊勢崎市の良くんファミリー、仮眠してても
イヤな顔ひとつせずに見守っててくれた上田駅前のすかいらーくガストファミリー、そして何よりゴール
地点で有給を使って(?)朝から待ち続けてくれた当選者(ある意味罰ゲーム)のヒロちゃんファミリーの
暖かいお心づかいのおかげです、、、か?いえ、俺のガンバリです。
ガスト以外のみなさんに共通して言えるのは
『もてなしすぎ!』
たぶん、いや、確実に体重は増えてるな、うん。帰ってきた日、東京は雨でした。
『発走』中は天気にも恵まれ(朝晩の冷え込みにはやられましたけど)神様と地球温暖化に感謝した。
『発走』は21日の17時頃には『発歩』になってた。で、歩きながら改めて思ったねぇ、何度も。
「ビデオ撮らんでよかった〜。オレ、めちゃめちゃヘナチョコやん」って。
実際鼻水も垂れ流してたでしょうし、きっと残尿も漏れてたでしょう。しまいには
「これって、オモロイか?」って、疑問持ち出したりして、、、。一番いかんパターンやね。
まだ『発走』中やったスタート直後、NIKEのリュックを背負いながらも軽快に走ってて、春分の日
っていうのもあったんやろね、環七〜青梅街道なんかはジョギングをしてるジョギナー(?)が結構いて
みんな、なんでかすれ違う時に笑顔で会釈とかしてね、まさか長野まで行くとは思ってないんやろね。
俺のゆっくりなペースにちょっと勝ち誇った笑顔してるけど
「キミら、そのペースで長野まで走ったら死ぬで」
初日は環七〜青梅街道〜環八〜川越街道〜坂戸に向った。坂戸に住むかおりちゃんのお姉さんが2年前に
結婚して、その時に司会をさせてもらったおかげで、ご家族で暖かく迎えてくれました。
特におとうさんはビールをガンガン進めてくれて、 一番風呂もいただき、会話も弾み、浴衣まで着て、
「もし俺が養子縁組で婿になっても結構うまくいくんちゃう?ねぇ、かおりちゃん?」
そんな勝手な事を思いながら、デザートのおはぎを食ってたら、お父さんは血糖値が高いにもかかわらず
気分よく日本酒へと向っていた。
「まぁまぁ、福島くん、景気づけに」ってならないうちに布団に向った。添い寝なく初日を終えた。
2日目の朝を坂戸で迎えた時、今の俺には清原の気持ちがよく分かると思った。
そして、今年の24時間テレビでダレが100キロを走るのか知らんが、心から応援できます。
にしきのあきらさん、研ナオコさん、本当によく頑張りましたね。
『危険につき棄権』
そんなホームページの見出しのタイトルばっかりが頭に浮かんで、消えないし、沈まない。初日の夜、
正直に言うと坂戸駅のひとつ手前の若葉という駅までかおりちゃんが車で迎えにきてくれた。その時は、
「明日の朝、ココまで戻ってきて出走するから、、、」
そぉ言ったけど、無理、うん、絶対イヤ。引き返したら、とことん引き返すで、俺。
で、朝起きて階段をゆっくり降りたら(ゆっくりしか降りれない)、お母さんとかおりちゃんが仲良く
朝食を作ってくれていて、お父さんは山に芝刈りに行ってたのかいませんでした。あんなにテーブルに
朝食が並んでる、、、。
「棄権はでけん」
かおりちゃんの家から前を向いて出走しました。朝7時、芝刈り?から帰ってきたお父さんも交えて
寒い中、家族みんなが見送ってくれました。
この日、立て続けに3本電話があった。
「もしもし、笠井です。今、沖縄にいるんです」
「へー、よかったねぇ、あったかくて、、、」この時期にオキナワか。
たぶん『沖縄』=『反戦』って方程式やねんやろな。実にストレートで分かりやすい男『笠井哲男』
「もしもし、1時から稽古だよ。ナニやってんの?」
少しキレ気味で電話してきたのは石山さんだ。
「おまえ知ってるやろ!」
あッ、稽古って、、、どこ?今ならそっちの方が近いかも。
ちなみに、ゴールするまで1度も連絡がなかった男『若林幸樹』
3本目は、もっともこういう時期にかかってきて欲しくない人、おかんだった。
「あんた、おにいちゃん(俺の兄貴の事)がな、マンション買いやってんけどな、グレースっていう
高層マンションの隣にグレースウエストとイーストっていうだいぶ低いマンションがあってな、そっち
買いやってな、そしたらアコ(俺にとっての姪)がな、わたしらのはグリコのおまけの方やねんって
言いやんねんで、ギャハハハハハァ〜、けっさくやろ」
そんなもん、今の俺にはどぉでもええねん。
後ろから友達2〜3人と連なってチャリンコで走ってくるガキに、ラリアットを食らわしてチャリンコ
強奪しても罪にならんのちゃうか?っていうような気がしてきた。
前方から原チャリに乗ってくるオバチャン発見。なんかおかしいオバチャンのフルフェイス。
実はこの企画やめるにやめれない理由がありましてね、、、
発走の3日ほど前に打ち合わせを終えて品川でスタッフの人とメシを食ってたんですね。そんな時に、
某三人組バンドのサングラスの似合うおしゃべり上手な木○さんが近くにいるという情報を得て品川で
合流に成功し、奢ってもらう気満々で飲み食いしていくうちに、
「で、福島、お前いつ行くんだよ、長野?」
「21日に出走しようかなと、、」
「ホント、バカだなぁ〜、おまえは」と、最高の褒め言葉をいただき
「で、帰りはなんで帰ってくるんだ?」
「・・・・・どぉしましょ?」あんまり考えてなかった。すると、隣にいた石山さんがステキな口から
でまかせアイデアを飛び出させた。
「木○さん、本出しましたよね。今回の長野はあの本のキャンペーンも兼ねてますからね」
「えッ、うそッ、ホントに?」
もぉあとは口から出てくるウソの繋ぎ合わせで、最終的にはウソの集大成だ。
「本の宣伝のタスキ掛けて行ってきますんで、帰りの電車賃下さい」
「しょうがないなぁ、、、じゃぁ、領収書もらってきてね」
一件落着!
のハズだったんですよ。まぁ21日までに使い込んでなければ、やめて引き返してたんですけど、、、。
何買ったんやろ?すでに電車賃ないんですよね。
2日目の中継地点で暖かく俺を迎えてくれたのは良くんとゆかいなファミリーで、本庄警察署前の
ミニストップで待ち合わせをした。車には良くんと、結婚して千葉に住んでるお姉ちゃんが、ワザワザ
おもしろいもん見たさでやってきた。
「初めまして、姉のミトキ、美しく登って行く20世紀と書いて『美登紀』です」と、、、
突っ込みを入れる間もなく
「まぁ、20世紀は終わっちゃったんですけどね、キャハハハハハハ〜」
自己紹介としては100点満点です。
良くんは
「とりあえず、駆け付け1杯」と、ユンケルの高いのをくれた。
更になぜか、ズシッと重いチロルチョコ50個を笑顔で差し出した。
今回の『発走』の前に、1人の、いや、4人の悪魔がいた。
用賀に住む整体師からメールがあり
「餞別を集めましたので、取りにきて下さい」と、、、。
で、行ったら完全に間違った餞別の数々が用意されていた。
たしかに、必要ですわな、水。しかも静岡(かれの地元の名水)からわざわざ持ってきてくれるなんて
嬉しい限りですよ、いつもの日常なら。
そんなもんなぁ、走ってる時に水がウマイかどうかなんて関係ないんちゃうか?だいたい、ミネラルが
たっぷりって、なんか普通の水より重たそうやん。キミは学校で習わなかったんか?水は『1N=1K』
つまり、これ2Lあるねぇ。それだけじゃなかった。
「4人で5000円集まったんで」
いいのに、4人なら4000円で、紙4枚で。なんで500枚あるの?キミ達、バカ?
出走の日に両替えしてやろうと真剣に思ってました。祝日、土曜、日曜、、、両替え出来るのは4日後?
更にこれでは終わらなかった。
あると嬉しいよ、走りながらつまめるもの。軽いものにしてくれたんですね、うまか棒50本。
50本あるのに軽いねぇ、、、って、かさばるやろ!なんでこれだけは軽いねん、ホントお前達、これ
持って走ってみぃ!これだけちゃうねんで、他にもあんねんで、持って行かなあかんモン。
ぶっちゃけ、うまか棒だけは、笑いうんぬんではなく置いて行った。
で、そんなうまか棒の念が、今度はチロルチョコが50個に、、、みんな、完走させたくないの?
そんな良くんファミリーの中でもお母さんには子供達を産んだ血が濃く濃く流れてた。
「実は、今回の『発走』も最初に当たった人は横浜の人だったんですよ。それを石山が突然、
『今のナ〜シ!』って、おかしいでしょ?それこそナシでしょ」と、いきさつを説明すると
「まぁねぇ、横浜じゃつまんないもんねぇ」
「・・・・・・」
「明日何もなかったら小諸まで車で送ってあげるんだけどね」と、美登紀ねぇちゃんの優しい言葉に
「そんなの走らないとねぇ、おもしろくないもんね、マメとか作らないとねぇ」
「・・・・・・」
天気予報を見てて、25日だけが雨マークになってましてね、この時点では25日までかかりそうかもって
お母さんも交えて 話をしてたら、またまた心優しい美登紀ねぇちゃんが
「25日はれるとイイよね」
「そぉねぇ、給料日だもんね」
「・・・・・・」
翌朝、素敵な朝食をいただいて、出かけようとした時、携帯を忘れた事に気づき、台所に取りに戻ったら
「あらッ、気付いちゃった、安中(10Hほど先)あたりで気付いて戻ってきたらおもしろかったのに」
「・・・・・・」
おそるべし、伊勢崎のオカン。石山くんとメチャメチャ意気投合しそうで怖い。
伊勢崎のオカンはおにぎり2個と卵焼き、お新香、みかんを持たせてくれた。
実際に作ってくれたんは美登紀ねぇちゃんやねんけどね。
坂戸のお母さんもおにぎり2個をアルミホイルに包んでくれた。
正直、荷物は重くなるが、長野に向って歩かせてくれる。伊勢崎のオカン語録も厳しさの中に優しさが
「帰りも寄ってきなさいよ、歩いて。今回はお客さんだけど、次からは違うから」
厳しさの中に厳しさしかなかった。
3日目のスタートは千葉に帰る美登紀ねぇちゃんを乗せて良くんが昨日の本庄の地点まで戻って、、、
いえ、松井田インター近くまで送ってくれました。はい、高崎から25H進んだあたりで、まぁ、つまり、
なんていうか、早い話が、ズルです。車って、はえ〜。
峠の釜飯で有名な横川駅に、旧中山道から『めがね橋』へ抜ける近道があるのを地図で発見し急な上り坂
をひたすら登った。
「おにいさんは、森林公園に行きなさるんか?」
「いえ、めがね橋へ」
「いや、こっちの道では行かれんよ」
「・・・・・・」
そぉいえば、人生ゲームでよく仕返しされたなぁ、、、15コマ戻らされた気分?そんなもんやないな。
ふりだしに戻り、そしてここからはひたすら上り坂、軽井沢の山に向ってる。
カーブがある度に
「あの先が山頂でありますように」と祈っては届かず、途中で地元のタクシーの運転手さんが休憩を
してたんで、聞いてみた。
「すいません、頂上までどれくらいあるんですかね?」
「すったまげたなぁ、歩いてきたんか?ここまで?ひゃ〜東京から?せたがや?たまげたなぁ〜、3日?
飛脚になれっど、おにいちゃん。頂上はなぁ、ほれ、カーブのところに番号が書いてあんでしょ、ここが
122だな、で、148までだから、あとちょっとだ、しっかしたまげたなぁ〜、東京だものな、しかも、
スナハラだもの、んッ、あ〜ぁ、せたがやだものな。頑張ってな」
あと、26のカーブで山を制覇する。あれから1時間、すでにカーブの番号は165を越えてた。
カーブは184あった。148と184、、、間違うか?しかも言ったよ
「あとちょっとだ」って。
頂上から下りが長野県になってた。軽井沢は避暑地というか寒冷地、今日が晴れてなかったら、ムリ!
スキー場はフツーにオープンしてた。その先に見えた浅間山からは噴煙が立ち上ってた。
「よかった、越えるのがあの山じゃなくて、、、」
膝の感覚はなかったんですけどね、登ったもんは下らなアカンわけで、小諸に着いたんがPM7時前、この
先に上田がある。で、小諸と上田の間に『しげの駅』、、、俺の駅?とりあえず中継地点がないんで歩く
しかなかった。明日が少しでも楽になるように。
ガストでの仮眠って3年ぶり?この3年成長ナシ?今回の発走(途中から発歩)で、初めて夕食にお金を
出した。お金を出したのに一番温かくないメシやった。やっぱり、メシを食うのはテーブルではなく食卓。
ゴールに向って『出歩』したAM5時、気温マイナス2度。残り約35H、ゴールが見えてきたで!気温も俺
のテンションと共にグングン上がってきた。そして、長野までの表示されてる距離がどんどん減ってくる。
腹も減ってくる。『SAI』のライブがよみがえってくる。そして、
「あッ、岩崎のチケット忘れた、、、」
『SAI』のライブは別によみがえってこなかった事にしよう。
『着歩』手前5Hのところに大好きなスーパー銭湯『広徳の湯』発見。
家が自宅なのか一人暮らしなのか、何が起きるか分からないんで、身を清め、勝負パンツに履き替えた。
もちろん歯も磨いた。カ・ン・ぺ・キッ!
そして、目的地周辺だと『オレナビ』は感じて、あまりにも不審者チックに表札を調べていた。たぶん
通報される直前だっただろう、、、いた〜、ヒロちゃん!あんた、あんた、あんただぁ〜!ライブで
チケット当たった時に申し訳なさそうな顔してた!
なになに、この肉、えッ、しゃぶしゃぶ?うわッ、筑前煮やん、ひゃ〜ちらし寿司!これはこれはお母さん
お父さんまで、それではせんえつながら乾杯の音頭を取らせて頂きます。お〜っと、チケット渡しとかな、
忘れてた。えッ、岩崎の?あ〜ぁ送る送る、細かい事は気にせんとね、あらららら、こんなにお土産?
大きいツヅラと小さいツヅラ?じゃぁ両方ね。
これは、あれですね、冷静に考えると、チケットの何倍も高くついてますね。
長野発21時41分の新幹線の自由席に乗って座った次の瞬間ブレーカーは落ちた。気付いた時は、いや
気付かされた時は、駅員さんに起こされ、閑散とした東京駅でボーッとしてた。
「雨降ってるやん、、、」
長かったようで永かった『発走』。『発歩』になってからは、永遠に終わらんような気がしてた。
またひとつ成長して、、、ないまんま企画が終わった。
5月のライブ楽しみにしてて下さい。もぉチケット買ったよねぇ?
チケットの『発送』はディスクガレージが責任を持って行ないます、、、よね?